ロー・コントラストな世界

このブログは視神経脊髄炎で実際に自分が治療したことを書いています。 現在 症状は落ち着いていて4年ほど再発していません。

2015年07月

病気とお金⑶

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お金持ちであれば 資金面だけは心配もしないで闘病生活を送れると思います

6月の3度目の再発
この再発は日曜日の出勤中に起きました
昨夜から多少の眼痛がありましたが なんかいつものことだろうと感じ そのまま出勤。朝 店を開けて仕事をしていると昼過ぎたあたりから視界が暗くなってきます。

こりゃ〜いかん!!
って思うも職場が日曜日のため自分一人
なので もう少し様子見ようと そのまま店で接客していたのですが、もう みるみるうちに真っ暗になり夕方近くになると動けなくなりました。 すぐ職場の人たちに電話をしてきてもらい事情を説明後かみさんが迎えにきました。

ただ残念ながら そのような状況になっても診てくれる病院は大学病院しかないので日曜日1日待ってから翌日の診察になります。

そりゃ〜もう
夜には色が全部なくなりまして人の顔の輪郭すら認識できない状況でした。

翌朝 入院準備をし大学病院へ
行く前に主治医に連絡していたので受け入れもバッチリ
視力測定、フリッカー 視野と検査し あとはMRIできちんとわかるのですが ここまで症状が出ていたらMRIを撮る必要もなく後日ってことで入院です。

昔の記事を読んでいただければ分かると思うのですが、この再発は回復せず退院しています。入院期間は6月〜8月頭くらいです。

パルスからの回復だけで済んだ前回と違うのは両眼に視力障害が起きたことです。職場復帰など可能な視力ではなく 今後どうすれば良いか。ものすごく自分自身悩みに悩んだ頃です。

闘病生活中 まだ傷病手当の残り受給期間がありましたので その間は休職という形で休んでいました。その期間も12月で切れるということなので今後どうするか・・・・・・

嫌な話し自宅にいると考える時間は腐るほどあるんですよね
とりあえず考えたのが今まで普通に生活していた時で組んだローンの返済と家賃など

仕事復帰は諦めていたので収入が失業手当だけ
ただ退院後 病院側がすぐ障害者手帳の手続きを勧めてくれたのは助かりました。とりあえず この場を凌がないといけないことも主治医が強く言っていました。手帳があると失業保険受給期間も12ヶ月と長く ありがたいことにすぐ受給できます。

その間 歩行訓練 就職活動 体力回復 再発防止と1年間かけて病気と向き合えます。ただ収入が減るので支払いをどうするか悩みました。親に借りて一気に返済し少しづつ返すか。そてとも債務整理しやり直すか。

本気で悩みました
車も仕事と兼用で自家用車を使っていたのでボロボロで買い換えるつもりでしたし かみさんはペーパードライバーで大きい車の運転は無理なのと このような状況では普通車の維持が難しいこともあり処分を決めました。ただ鹿児島の場合 車がないと身動き取れません。福岡の後輩が心配し買い替えで処分するはずだった小型車をあげるとのことで助かりました。

あとは住まいです
かみさんの職場まで 息子さん連れていつも一緒にいっていたのですが運転出来なくなり かみさんが息子さんと出勤するようになりました。ただ天文館に駐車場を借りないといけないことに。その費用も結構な金額で通勤時のガソリン代金など考えると どうもやっていけません。

とりあえず その辺から改善しローンなどどうするかです
なので かみさんの職場近くとまでいきませんが自転車でいける範囲に引っ越しです。

引っ越し前に住んでいた2DKの家賃
駐車場込み68000円
天文館駐車場 18000円
ガソリン費用 週一で入れていたので17000円くらい

引っ越し先
3DK 家賃 駐車場込み 78000円
天文館駐車場 解約
ガソリン ほぼ徒歩か自転車での移動で行けるので月一入れるか入れないか程度まで減りました

家賃は上がりましたがガソリン代金がほぼかからないようになっています。

あとは自分の仕事と今の返済分の整理です
長くなるので次回にでも書きなぐりたいと思います

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病気とお金 ⑵

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病気とは生活に直結し精神的にも追いやられます
無治療期間 普通に働いていました
その間も視神経の炎症は何度か確認されていますが 見えていない左目でしたので主治医も本人もさほど重大なこととは思っていませんでした。

それが9月 右目に症状がでてから一変します
両眼の視神経炎は他の病気の可能性も出てきます
多発性硬化症がもっとも疑われる所ではありましたが1日で失明寸前まで視力が落ち出したことを考えると視神経脊髄炎という病気の可能性が浮上してきました。

急いで血液を東北大学に送り 結果を待たずに その間パルス3クール、免疫吸着2クール施工。 入院期間も9月から12月とかなり長い期間での入院になりました。

その間 もちろん仕事なんて言ってられません。今まで のほほんとしていたのが病名を聞いて激変します。ただ以前の職場の社長さんも優しく傷病手当金など手続きをしてくれ給料を捻出してくれていました。 

恥ずかしい話し民間の保険ですが当時入っていません
ってか自分が病気なんて考えてもなかったこともあり保険そのものを軽く考えていました。備えあれば憂いなし。「アフォ」ですよね。自分。来年(35)から保険かけようぜ!!的に考えていました。

この右目の再発は治療効果が出て右目の視力は色覚に違和感が残るも1.0まで回復し退院。ただパルス3クールが かなり効いたので退院後も休職しましたが翌年にはなんとか復帰しています。ただ車の運転は視力が1.0になっても色覚と若干コントラストの低下があったので自分的にも危険と判断し乗りませんでした。

復帰後 仕事もこなしていた矢先
6月  3度目の再発 
ここである決断と今後のことで歯車が違う方向へ回り出します。
 
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