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病気とは生活に直結し精神的にも追いやられます
無治療期間 普通に働いていました
その間も視神経の炎症は何度か確認されていますが 見えていない左目でしたので主治医も本人もさほど重大なこととは思っていませんでした。

それが9月 右目に症状がでてから一変します
両眼の視神経炎は他の病気の可能性も出てきます
多発性硬化症がもっとも疑われる所ではありましたが1日で失明寸前まで視力が落ち出したことを考えると視神経脊髄炎という病気の可能性が浮上してきました。

急いで血液を東北大学に送り 結果を待たずに その間パルス3クール、免疫吸着2クール施工。 入院期間も9月から12月とかなり長い期間での入院になりました。

その間 もちろん仕事なんて言ってられません。今まで のほほんとしていたのが病名を聞いて激変します。ただ以前の職場の社長さんも優しく傷病手当金など手続きをしてくれ給料を捻出してくれていました。 

恥ずかしい話し民間の保険ですが当時入っていません
ってか自分が病気なんて考えてもなかったこともあり保険そのものを軽く考えていました。備えあれば憂いなし。「アフォ」ですよね。自分。来年(35)から保険かけようぜ!!的に考えていました。

この右目の再発は治療効果が出て右目の視力は色覚に違和感が残るも1.0まで回復し退院。ただパルス3クールが かなり効いたので退院後も休職しましたが翌年にはなんとか復帰しています。ただ車の運転は視力が1.0になっても色覚と若干コントラストの低下があったので自分的にも危険と判断し乗りませんでした。

復帰後 仕事もこなしていた矢先
6月  3度目の再発 
ここである決断と今後のことで歯車が違う方向へ回り出します。
 
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