ロー・コントラストな世界

このブログは視神経脊髄炎で実際に自分が治療したことを書いています。 現在 症状は落ち着いていて4年ほど再発していません。

お風呂

子供の頃のお話し。

みなさん お風呂はガスで沸かしていましたか?

笑w

すごい昔みたいなお話でしょ。

 kekegogo-2013-10-30T14-01-51-3
子供の頃 実家近くでは こんな煙突がどこの家にもありました。
夕方になると ここから煙が出るんですよね。
風強い時 火の粉も出てたかな。


本当に田舎で道路も舗装されてなくて砂利道でした。 
週一に お風呂を沸かす時に焚べる薪を海に拾いに行ってました
あと松ぼっくり!!
これを紙袋の大きいのに入るだけ入れるんです。

最初の火だねですね。
本当に良く燃えるんですよね。

小学校低学年までだったかな
そんなお風呂に入っていたの。
友達の家も全員そうだったな。

だから山や海に行って薪、松ぼっくり拾いは子供の仕事でした。


あとお風呂も深くてねw
すげ〜気持ちよかった気がします
横では薪くべてカマドみたいな部分があるんですが、火傷したり火事になったりなかったですね。


でも小学校4年生あたりから薪でお風呂を沸かしている家庭はガス風呂になっていきました。火事はなかったけど夕方 どこも煙突から火の粉出てたし 当時Co2なんて言われてなかったけど環境に悪いんかな。

 
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お風呂貸してください

子供の頃は近所は助け合い。

 子供の頃 近所はみんなで助けあり。
そんな時代でもあり田舎でした。

電話がない家庭もあり 何かあれば電話を借りに来る。
お風呂をもらいに来る
夕食も持って行く。

それはうちだけではなく近所さん全員で気にしながら支え合っていた時代。


学校の制服も誰かしらのお古を持ってきて渡していく。
ランドセルも。

一番記憶に残っているのは
近くに おじいちゃんと一緒に住んでいた姉妹
おじいちゃんが動けるうちは普通に暮らしていた。
ただ おじいちゃんが動けなくなりゴミ屋敷となる
昔はその家の状況が分かれば毎日 近所の誰かしらが声をかけゴミを持って帰る。

姉妹にも夕食を持って行く。
ある時 姉妹の母親が帰ってくる。
ただ 母親も行くところがなく戻ってきた
しばらくして 母親がいなくなる。

そんなことの繰り返し。
中学校卒業するまでは覚えてるけど 卒業してから おじいちゃんも亡くなり姉妹の姿が消える。


一時して そこの家は更地になり一軒家が建つ
ヤクザっぽい おじちゃんが住むように。
母親の借金が原因らしいと・・・近所で噂になる
姉妹の行方はわからずですが 今でもお風呂をもらいに来た時の顔が思い浮かぶ


このニュースを読んでいて ふと思った昔の思い出

P・S
住んでいる おっちゃんは優しいおっちゃんと近所で好評
ただ その家も抗争らしきことがあり警察が来たりして更地になる

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