ロー・コントラストな世界

このブログは視神経脊髄炎で実際に自分が治療したことを書いています。 現在 症状は落ち着いていて4年ほど再発していません。

起業

病気と仕事となんとか

開店まで準備
以前のお話で債務整理などをやっているのと この病気の性質上 代表者にはなれません。

再発スパンが不明なのと生命保険なども入りにくい等 足枷が多々あります。ですが仕事上の知識などは15年分の蓄えがあります。なので病気のことも含め話し合いながら一緒にやれる人を探します

1人は私の兄貴
営業経験はありませんが 畑違いの仕事ではないこともあり お店の代表者としてやってもらうことに。これは融資、経理など考えると身内しかいないので引っ張り込みました。もう1人は若い子ですがついて来たのでそのまま雇うことに

さて 資金も含めなんとか目処が立ちました
スタッフもいます
あとは仕入先確保です

この仕入れ先確保の時に色々電話したのですが その時に自分の立場がどうなっていたのかを初めて知ることになります

やっぱりこうなるんよね
見えない影と言うより見えすぎている影ですか。
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最初の1年はこの嫌がらせに終わることになります。長くなるので続きはまた今度


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病気となんとか(7)

つらつら つらつら書きなぐっているシリーズ
今回はお店を出すって決心からの出来事

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ハロワ通いも終盤
経験がある職での起業って言うより独立になるのかな。 
同一県内で同じ職でお店を!!ってことが経営以前に大変でした

もともと以前勤めていたお店には辞める時に 新しくお店をってことを話していました。当時 社長も快く承諾していただき もし開店時には行くからっと退職する時に言われていたこともあり もしその方向でいく場合は再度 挨拶にと考えていました・

やっぱり 離れてしまって同業者になると ダメですね
知り合いに言われたことは同業者になるのなら円満退社はないなっと
そりゃ〜まぁ〜15年ほど世話になり苦しい時も一緒で頑張ってきた社長です。15年一緒にいて病気で休むことはなかった私です。それがいきなり杖ついて 家族揃って退社する時に満面の笑みだったけど 独立のことを含め本当は心の中で色々あったと思います。でも その場で あの雰囲気で 杖持った社員見れば言えんわな。 

そう言えないんですよね
独立しようが残ろうが いきなりこのような状態になってしまい周囲も声をかけることができないんだと思います。最後の再発から もう5〜6年ほど経つのかな? それだけ時間が経ってやっと以前お付き合いがあったお客様から連絡もあります。

その時に必ず言われることは
「どう声をかけていいかわからんかった』っと
病名が謎 治療方法なし いきなり目が見えなくなる
まぁ〜かけずらいですよね。

一番ひどい時の入院時に3人ほどお客様がお見舞いに来てくれたのですが 難病患者なんて そうそういないので すごくぎこちない感じでしたが そのお客様から今でも言われることは あの時にお見舞いに行ってなかったら 状態もわからんし 声かけにくいよって。

ほとんどの方がそう言われます
同じ職場にいても気を使いながらの勤務になります
すげ〜資金がある会社で儲かってるならいますがw
そうじゃないお店でしたので店番はバイトで十分です。
気を使いながら使われながらは 厳しいかな・・・・・・・

長くなりすぎるので 今日はここまで
次から いろいろです。

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